8月31日 百鬼夜行

8月最後の日

この村では、毎年『百鬼夜行の行列』のお祭りがあります。

暗くなる頃に、それぞれが妖になって浜に集まります。

その後、行灯を持って行列になって村を回って、九龍神社を目指します。

龍神社では神主が天狗になってみんなの到着を待っています。

神社では、お祭りの屋台や宴会の準備がされているのです。

 

8/30 PM5:00

カランコロン・・・

「お疲れ様。しょうさん、交代するよ。」

「お疲れ様。ねえねえ、明日の宴会のメニュー考えてたんだけど

どうしようか。」

「そうだよね。夏の最後のイベントだからね。」

「きょうさんも妖になるんでしょ。」

「もちろん。一年かけて何になろうか考えてたよ。」

「ははは、力、入ってるね。」

「まあね。しょうさんは、何の妖になるの?」

「ひみつ」

みんな当日まで絶対に口を割りません。

 

「それはそうと、宴会メニュー。

夏おでんは決まりなんだけど、他は何にしよう。」

「屋台は何が出るんだっけ。」

「ヨーヨー、射的、たこ焼き、いか焼き、カステラ焼き・・・だったかな。」

「夏おでんの具は?」

「小判揚げ、ちくわ、ゆで卵、しらたき、トマト、おくら、かぶ、たこ、かな。」

「ふむふむ・・・

僕、どうしても食べたいものがある。」

「何?言ってごらん。」

カルフォルニアロール」

「お、いいね。通す。

じゃあ、後は適当に作っておく。

明日、3時くらいから巻くの手伝ってね。」

「了解」

 

8/31 PM6:30

日没が早くなってきたようです。

この時間にはもう薄暗くなっています。

妖になった村の人たちが、浜に集まり始めました。

みんな立派な妖で、誰が誰だかまったくわかりません。

「まだ、お持ちじゃないですよね。おひとつどうぞ。」

雪女が近づいてきて、行灯を渡してくれました。

「ん?その声は、れいこさん?」

「そうゆう猫娘は、しょうさん?」

「うまく化けたね。」

みんな楽しそうです。

 

「みなさーん。そろそろ行列が始まりますよ。

並んでくださーい。」

メガホンで大きな声を出している白鯨がいます。

「あれって、化けていても誰だかわかっちゃうよね。」

「うん、そんぽさん以外にあり得ないよ。」

 

シャーン・・・

鈴の音がきこえます。

鈴を鳴らしているのは、先頭の背中に笹がはえている猪です。

先頭は、村長です。

行灯のほのかな灯の中、行列が始まります。

 

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夏おでん

カルフォルニアロール(アボガド・サーモン)

山芋の磯辺揚げ

生春巻(棒々鶏ごまだれ)

きゅうりの1本漬け

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この日のお酒は、神主が用意してくれます。

毎年、決まりのお酒です。

 

ハクレイ酒造

酒呑童子 夏の純米吟醸

鬼辛口

 

村の人たちの最後の夏です。

 

 

8月23日 BIG WEDNESDAY

8/20 PM11:00

 

この夏一番になるような暑い日でした。

「高気圧ガール、がんばっているなあ。」

きょうさんが、つぶやきます。

ラジオでも、連日の猛暑続きのニュースが流れています。

・・・続いて、台風情報です。

「え、台風生まれたの?」

カウンターで、マシュルームのガーリックソテーをつまみに

カンパリソーダを飲んでいたアサヒさんがいいました。

アサヒさんは、美容院の前髪が長いイケメンさんです。

「台風なんて全然感じない天気だよね。

今日だって、風も凪いでいて、入道雲もくもくでTHE夏!っていう感じだったし。」

「ほんと、ほんと。

波もまったくなくて、ボードの上で昼寝できそうだった。」

アサヒさんは波乗りをする人です。

毎日、お店を開ける前に海に出ています。

 

カランコロン・・・

入ってきたのはBar KINGのかずさんです。

「アサヒさん、来てる?」

「おーす」

アサヒさんが手を振ります。

「いたいた。あのさ、今度の台風、けっこう近くにくるみたいだよ。」

「いま、ラジオで聞いてた。」

「もしかして、いい波くるかも。」

アサヒさんとかずさん、そしてサーフショップのトキオくんは

波乗りをして、一年中まっくろの人たちです。

「あんまり大波きたら海に出ないでよね。」

きょうさんが心配そうにいいます。

「わかってるって。でもさ、なんかこうむずむずしてきちゃうんだよ。

どんな波なんだろう、自分がその波に乗れるか試してみたいような・・・」

「わかるわかる。一度は体験してみたいよね。」

 

カランコロン・・・

トキオくんが入ってきました。

「やっぱり二人ともいた。

今度の台風、今度の半ば頃にここらへんにくるらしいよ。

きっと、ビッグウェンズデーだ。

もちろん行くでしょ。」

「いく!」

たぶん、まわりで何を言っても、聞く耳を持たない三人です。

「海に出る時、僕にも声かけてね。

浜で見守っていてあげる。」

きょうさんが、あきらめて言います。

「ありがとう、きょうさん。」

 

「あ、俺もカンパリソーダちょうだい。かずは?」

「俺もちょうだい。もう、お店には戻らないから。

なんだか夜中なんだけど、おなかすいちゃった。きょうさん、何か作って。」

「了解。マットジャックリロイくんたちの心は

もうカルフォルニアだろうから、チョッピーノ作るから待ってて。」

「この、マシュルームもおかわり。」

 

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ズッキーニとマシュルームのガーリックソテー

チョッピーノ(魚介のトマトスープ)

エッグスラット バケット添え

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三人の話もはずみます。

カタカタと窓が音を立てています。

さっきまで凪いでいた外も、少し風がでてきたようです。

 

「きたね。」

「きたよ。」

 

明日は少し外をかたづけて台風対策しておかないとね。

きょうさんは風に揺れている木を見て思いました。

 

 

8月16日 小さい秋みつけた

8/16 PM7:30

毎日、暑い日が続いていますが、

夜の風は少しだけ気持ちよく感じられます。

きょうさんは、風を入れようと窓を大きく開けました。

チ・・・チ・・・チ・・・ 虫の小さな声がきこえてきます。

 

「なんだか、気持ちいいね。」

カウンターでいかの肝焼きを肴に日本酒をのんでいる雑貨屋のきよしさんが言います。

「聞こえる?虫の声。声?かな。なんて言えばいいんだろうね。」

「聞こえる、聞こえる。いつの間にか季節が変わっている感じだね。」

今日のお客さんはきよしさんだけ。

のんびりした夜です。

 

カランコロン・・・

「こんばんは」

入ってきたのは図書館の白樺さんです。

「いらっしゃい。」

「あら、きよしさん、お久しぶりです。」

「こんばんは。白樺さんは早寝早起きだから、なかなか会う機会がないものね。」

「ふふ、そうね。

でも、今日は村中を回って歩いていたから、こんな時間になっちゃった。」

「食事、用意しますか?」

「お願いします。あ・・・これ。

図書館の裏の池で取ってきたんだけど、使える?」

「わお、すばらしい大きな蓮の実ですね。

ありがとう、さっそく使わせてもらいますよ。」

きょうさんは、食事の用意を始めました。

 

「きよしさん。お好きな服は?」

「へ。突然なんだい。お好きな服もなにも

この時期は、短パンTシャツのローテーションさ。」

「そうそう、ローテーション。

私も黒い服と赤い帽子のローテーションよ。」

白神が笑っていいます。

「実はね、今日は村をまわって「小さな秋」を見つけにいったのよ。

秋の七草集め。」

そう言って、かごに入った野草をカウンターに置きました。

「かわいい花だね。」

「オは、おみなえし。スは、すすき。尾花って言われているけど。

オスキナフクハ?って、秋の七草の覚え方なのよ。

ききょう、なでしこ、ふじばかま、くず、はぎ、で七つ。

今日は、すすきとききょうが見つからなかったけど、

こうして集まるとちょっとかわいいでしょ。」

白樺さんは、きょうさんに花瓶を借りて、野草たちを飾りました。

「なんだか、いいね。本当に小さな秋だ。」

「こんな日は、なんだかゆったりとしたくなっちゃってね。

今夜は、私にもお酒をちょうだい。」

「白樺さんと一緒にのめるなんて!楽しい夜になりそうだ。」

きよしさんは、ガラスのバケツで冷やしているお酒を

白樺さんのぐい飲みに注ぎました。

「きょうさんが取り寄せたお酒を試飲していたんだ。」

「9月のお月見の時にね。みんなで飲もうと思って。

発売前に1本だけ、まわしてもらったんだ。

朝日酒造の純米大吟醸「得月」っていうんだ。」

「あら、すてき。

すっきりして、ちょっと辛口で、食事にもあいそう。」

「お待たせしました。

土鍋でハスご飯を炊いてるから、食事はもうちょっと後でね。」

 

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焼きしいた

はもと赤ワインの煮よせ

加茂なす田楽

ハスご飯

ハスの実と白きくらげ、干し貝柱のスープ

自家製なめたけ

きゅうりの柴漬け

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「蓮の実も、小さな秋ですね。」

「きょうさんも、一緒にのもう。」

三人はテーブルの席に移って、乾杯をしました。

 

「このお酒、トクゲツって読むの?

お月見にぴったりだね。」きよしさんが言います。

「月っていえば・・・今日は新月の日よ。獅子座の新月。」

「白樺さんも詳しいんだね。」

天文台のもとおさんに教えてもらうの。

獅子座ってね、自己肯定の星座なんですって。

他人と比べて、自分をだめだって思うのはもうやめようって。」

「それって・・・大事だよね。」

「うん、大事。」

 

三人でまったりゆったり飲んでいると

涼しい風が通り抜けていきます。

風にのって

チ・・・チ・・・チ・・・ 小さな秋がきこえてきます。 

 

 

 

 

 

8月7日 最初の一歩

毎日、暑い日が続いています。

6月から村のみんなが集まって作り始めたツリーハウスも

今日中には仕上げなければなりません。

しょうさんは、お昼のお弁当を毎日届けています。

 

8/7 AM10:00

「いよいよ、今日でツリーハウスも完成だ。」

しょうさんは、今日のお弁当を作り始めました。

 

カランコロン・・・

「しょうさん、おはよう。」入ってきたのはぎんさんです。

「おはよう、ぎんさん。今日もありがとう。

今、用意しているから冷たい麦茶でも飲んで待ってて。」

ぎんさんは、お弁当をツリーハウスに届けるのを手伝ってくれています。

「どうやら、今日中に出来上がりそうだね。」

「そうね。明日の花火大会に間に合いそう。」

8月8日、午後8時

ベガ川の海につながる場所で打ち上げ花火が、毎年打ち上げられます。

いつもは砂浜に各自で椅子持参で観るのですが

今年はツリーハウスから観ることができます。

茶店ジャニスの横に、大きな樫の木があって

そこにツリーハウスを作っています。

 

「楽しみですね。」

「ほんと楽しみ。」

 

カランコロン・・・

「おはよう・・・」何となく元気なく入ってきたのはそんぽさんです。

「どうした、そんぽさん。夏バテか?」

「僕さ・・・。いつもそうなんだ。」

「どうしたの?」

「最初はさ、よし、やるぞって、やる気もあるし出来るつもりでいるんだ。

でも、いつの間にか後回しにしちゃって・・・結局、何もできてない。」

そんぽさんは下を向いてぼそぼそと話します。

「仕方ないよ。そんぽさん、とても忙しいんだから。

手紙や荷物の配達、貯金とか保険の郵便局の仕事の他にも、

掲示板や村の放送とか。

いつも動き回っていて大変だなあって思っているよ。」

「ありがとう、しょうさん。

でも、こんな風に自分ってだめだなあって思っちゃう時があるんだ。」

 

「わかる。」

カウンターで麦茶を飲んでいたぎんさんが言います。

「わかるよ、そんぽさん。僕だってそうなんだ。」

「そう?ぎんさんもそんなことあるの?」

「あるさ。頭ではやらなくちゃって思っていても、

なかなか行動できなくてさ。」

「そうなんだ。

頭のすみっこで、いつももやもやが残っているんだ。」

「私もそうだよ。裏の倉庫に梅酒とか仕込んだものがごちゃごちゃになってて、

きょうさんのお酒もたくさんごちゃごちゃになってて

いつか片づけなくちゃって思ってるんだけど

また、今度でいいかって・・・結局、そのまま。」

「僕だけじゃないんだ。」

「そんぽさんは、何をやらなくちゃ、なの?」

「この村の地図。村長のたくろうさんに頼まれてて

メモみたいなものは作ったんだけど、きちんとしたの作ろうと

思い続けて、もう何ヶ月もたっちゃって・・・」

「いろいろと任せちゃってごめんね。」

「そんなことないよ。本当に自分がやりたいことなんだ。」

 

「最初の一歩」

ぎんさんがつぶやきます。

「最初の一歩が踏み出せれば、きっと何かが始まると思うんだ。」

「そうかな・・・」

「ツリーハウスも最初はただの大きな木だったけど

みんなの最初の一歩が集まって、少しずつ形になっていった。

そんぽさん、それ手伝うよ。

最初の一歩を一緒に踏み出してみようよ。」

「ぎんさん。ありがとう。

なんだか・・・なんだか・・・一人じゃないって思うと

エネルギーが少しずつチャージされていく気分だ。」

「とりあえず、週に1回ここに集まって進めていこうよ。」

「いいですね。私も参加させて。」しょうさんも言います。

「地図作成委員会。ですね。」ぎんさんも笑って言います。

 

「お弁当できました。」

「僕も運ぶの手伝うよ。」

そんぽさんは、すっかり元気になって、はりきっています。

 

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ホットドッグ サルサソース

れんこんチップス

ツナマカロニサラダ カレー風味

アスパラガスの冷たいポタージュ

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「おつかれさまです。お弁当のお届けでーす。」

「しょうさん、毎日ありがとう。

見てよ、あと手すりをつければ完成だよ。」

工務店のヤマダさんが得意そうに言います。

「グッドタイミング。今ちょうど冷たいミントティーを持ってきたんだ。」

茶葉の店のあやさんが言います。

「みて、みて、このクッション。

テーラーの桜井さんに端布をもらったから、いっぱい作ってきたの。」

PCショップのれいこさんが、クッションに埋もれて声をかけてきます。

 

みんなの最初の一歩で始まったツリーハウス。

ゴールも、もうすぐです。

 

2月22日 龍力 

2/22 PM9:00

「実はさ、今日は折り入って相談があるんだ。」

「何だい。急にあらたまって。」

電気屋工務店オディオンのヤマダさんは、

きょうさんに呼び出されてお店に来ています。

 

「僕の家、天文台に登る坂道の下の方なんだけど

近くに湧き水が出るところがあるでしょ。」

「うんうん。あそこの水、おいしいよね。

僕も時々、汲みに行くよ。」

「そこのちょっと奥にね、新しく湧き水が出ているんだ。」

「ほお。」

「で、それが・・・温かいっていうか、熱くて

湯気がもくもく。」

「なんと。

それって、もしかして。」

「おそらく。」

「そうか。この村にもとうとう。」

「だから、ヤマダさんに相談してみたんだ。」

「任せとき。明日の朝、さっそく調べに行くよ。」

 

「露天風呂・・・」

「すばらしいね。」

二人とも、うっとりした顔になっています。

「お風呂は、やっぱり、岩だよね。」

「いいと思う。

ユーカリの群生している所だから、

なんか、こう、和風ではなくて

白い大理石みたいなイメージで・・・」

「おおお。いいではないか。」

「あと、バンブーの椅子とか。」

「イメージふくらむね。

おそろいのバンブーのテーブルとかも置いちゃったりして。

神社の竹、少しもらうか。」

「フォレストダイニングで、温泉用のテイクアウト

用意するよ。」

夢は広がる二人です。

 

「ヤマダさん。前祝いしましょうか。」

「いいね。」

「用意しておいたんですよ。」

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桶酒

豆皿8点盛

 ・アボガドクリームチーズおかか和え)

 ・大根ステーキ

 ・菜の花からし和え

 ・まぐろの柚子胡椒漬け

 ・バイ貝煮

 ・コンビーフリエット バケット添え

 ・かに入りだし巻き卵

 ・ピーナッツの塩バター炒め

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「きょうさん。桶酒なんて、

気が早いね。」

「なんだか楽しくなっちゃってね。つい、調子に乗っちゃった。」

「このお盆のいろいろ、おいしそう。」

「豆皿盛だから、ほんの一口ずつだけどね。」

「それでは。」

「杉の木村の温泉に。」

「がんばりましょう。」

「乾杯!」

 

「このお酒、ちょうどいい温かさで、香りもよくておいしいね。」

「ぬる燗で、最高においしい『タツリキ』っていうお酒なんだ。」

タツリキ?」

「龍の力って書いて『タツリキ』兵庫のお酒です。」

龍力かあ。神社の空光くんがいたら

めちゃくちゃ喜びそうだね。」

「とっておくよ。

神社の竹もお願いしたいから、

今度、三人で打ち合わせしよう。」

「明日から、忙しくなりそうだ。」

2月15日 冬の星座

2/15 PM1:30

晴れていても北風が強くてとても寒い日です。

しょうさんは、朝から今年の味噌を仕込んでいました。

味噌の仕込みは重労働なので、毎年PCショップのれいこさんが手伝いに来てくれます。

「午後から行くよって言ってくれてたから、

そろそろ来てくれるかな。」

ふっくりと茹でた大豆をフードプロセッサーにかけながら

しょうさんがつぶやきます。

 

カランコロン・・・

「こんにちは。」

入ってきたのは、診療所のジン先生です。

「先生。いらっしゃい。」

「今日は患者さんが来なくてね。

みんな元気だってことは嬉しいことだ。

午前中はカヌーの修理をしていたんだよ。」

「カヌーの手入れって、ジン先生がやってくれていたのね。」

「うん。診療所の前にカヌー小屋があるからね。

僕も若い頃はカヌーレースに出てたし。」

「ご苦労様です。寒かったでしょう。

ランチですか?今、何か用意しますね。」

しょうさんは、味噌造りの手をとめて

食事の用意を始めました。

 

「今夜のポラリスのイベント、

しょうさんも行く?」

天文台ポラリスの『冬の星座を観る会』ですね。

もちろん、行きますよ。

もとおさんの熱い星たちのお話、いつもとても楽しいから。」

「ははは。確かに熱い語りだよね。」

「今日は晴れているから、星が見られそうですね。」

「そうだね。今夜は是非観たいものがあるんだ。

望遠鏡でね。M42を観てみたいんだ。」

「えむ42?」

「オリオン大星雲のことだよ。

鳥が羽を広げたような形らしいんだ。

ここでは新しい星が生み出されていて

『星のゆりかご』なんて呼ばれているんだよ。

新しい命が生まれるってなんか、ロマンを感じちゃってね。」

「素敵。私も今夜、望遠鏡で観てみたい。」

 

「お待たせしました。

どうぞ、温まってください。」

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ほうとう

 (かぼちゃ・里芋・いんげん・鶏肉・大根・長ネギ・きのこたくさん)

トリガイとうどの酢味噌和え

おこうこ(山ごぼう野沢菜・赤カブ)

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カランコロン・・・

「遅くなってごめーん。」

れいこさんがやって来ました。

「すごく、いい匂い。

もしかして私、グッドタイミングで来ちゃった?」

「すごい。鼻が効くね。

れいこさんの分もあるから、一緒に食べよ。」

 

「今、入るときに配達の荷物届いてたから受け取っておいたよ。」

「ありがとう。後で開けてみる。」

 

「今夜のポラリスのイベント。

冬の星座ってオリオン座を観るらしいよ。」

「すごい、グッドタイミング。

今、ジン先生と話していて、ちょうどオリオン座を観たいと思ってたところ。」

「もとおさん、新しい望遠鏡を買ったんだって。

きっと、いつも以上の熱弁だよ。」

「ふふ。楽しみ。」

 

「そういえば、さっきのお届け物。

開けてみようかな。」

「重かったよ。」

箱を開けてみるとワインが6本入っていました。

Orion sauvignon Blanc

「このラベル。すてき。」

「オリオン・・・」

「きょうさんたら、いつの間に頼んでたのかしら。」

「星を観る会の後に、飲む気まんまんだね。」

「じゃあ、今夜また後で集合だね。」

 

 

 

 

2月13日 雨の夜のカラス

2/13 PM10:00

昨日の暖かさが幻だったかのように

今日は雨も降ってとても寒い日でした。

ストーブにかけたやかんがシュンシュンと音を立てています。

きょうさんは、曇ったガラス窓にカラスの絵を描いてぼそっと言いました。

「こんな日は、きっと、誰もこないんだろうな。

寒いし、一人だし・・・

あれ、飲んじゃおうかな。」

 

お酒の瓶をカウンターに置いて眺めています。

 オールドクロウ アメリカケンタッキーのバーボンウイスキー

前から気になっていたんだよね。

やっぱり、テイスティング、大事だよね。

きょうさんは、大きな氷を丸くカットし始めました。

ようやく大きな丸い氷が完成しそうになった時に・・・

 

カランコロン・・・

バーキングのリーさんが入ってきました。

「こんばんは。今日はめちゃくちゃ寒いね。」

「いらっしゃい。雨まだ降ってた?」

「うん、少しね。」

 

「実はさ、きょうさんに味見してほしいものがあってさ。」

「何?リーさんが作ったの?」

「へへ。明日のバレンタインのチョコレート。」

「え・・・リーさん、誰かにチョコ渡すの?」

「いやいやいや。お店で出す用。」

「だよね。」

「何か、チョコレートを溶かして固めるだけっていうイメージだったんだけど

これが、なかなか奥深くてね。」

「ほお。」

「まずは、晩メシ頼む。夢中で作っててお腹すいちゃってさ。」

「了解。

今さ、一人で飲もうと思って準備してたんだけど

リーさんも一緒にどう?」

きょうさんは、グラスに出来たての丸い氷を入れて

リーさんに渡しました。

「おお。いいね。

これ、バーボン?初めて見たよ。飲んでみたいな。」

リーさんは自らグラスに注いで、そっと揺らしています。

「香りもいいね。バーボンっぽいスパイシーな香りじゃなくて

なんか、こう、そうだな。土の匂いがするような・・・」

「さすが、リーさん。そうなんだよ。

僕も初めて飲むお酒でさ、香りだけ味わったところ。

畑の匂いみたいだなって思ってたんだ。」

「あ、この氷、もしかして、きょうさん用だった?」

「いいよ、いいよ。何か食べるもの作るから、先やってって。」

「お言葉に甘えて。

じゃあ、飲みながら、きょうさん用に氷作ってるよ。」

 

お店の中では、やかんのシュンシュン沸く音と

リーさんがカツカツ氷を削る音だけで

静かな時の流れを告げています。

「氷、出来たよ。」

「料理も出来た。一緒にやろう。」

 

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海老とアスパラの春巻き

バーニャカウダ

 (うど、春にんじん、菜の花、ラディッシュ

チーズ焼きおにぎり

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「うまい。

きょうさんの料理ってさ、彩りがきれいで

目でも食べるって感じなんだよね。

しょうさんの料理は、ほんわかやさしい感じだし。

ほんと、フォレストダイニングの食事、最高。」

「ありがとう。

僕一人だと、ついつい食事をとらないで過ごしちゃうこと多いから

こうやって、誰かと話しながら飲めるのが嬉しいよ。」

 

「このバーボン、いけるよ。」

「どれどれ」

リーさんが作ってくれた氷をカラカラと回して一口。

「おお、この、とうもろこし感、すごいね。」

「うんうん。一日、畑仕事した後に、ゆっくり飲むのにぴったりな。」

「うまいこというね。」

「そうだ。俺のチョコも食べてみてよ。

絶対、合うと思うんだ。」

「どれどれ」

ピーカンナッツキャラメリゼをのせてみたんだ。」

「あうね。いけるよ。」

楽しい時間が過ぎていきます。

 

こんこん

「ん?誰か来た?」

「窓に雨があたってるんじゃないかな。」

「寒いから、みぞれになっちゃったとか。」

リーさんは窓から外をのぞいています。

「きょうさん、きょうさん。

すごいお客さんがきたよ。」

「え?」

きょうさんも窓からのぞいてみました。

「ベランダの手すりの所」

「本当だ。すごいお客さんだ。」

そっと窓を開けると

黒いカラスがまん丸の目で、首をかしげて、こちらを見ています。

 

「お入りよ。一緒に飲もう。」

窓を少し開けたままにして、

二人は席に戻って、また飲み始めました。

「くるかな?」

「どうだろ。気分が向けばくるかも。」

「このピーカンナッツ、窓の近くに置いといてやろう。」

リーさんは小さいお皿に入れて、そっと置いてきました。

 

「あいつの名前・・・さ。」

「もう、決まりでしょ。」

 オールドクロウ

二人で小さな声で言いました。

 

雨はもうすぐやみそうです。